第2章 初めて、自分で人生を選んだ
前回の記事では、大学4年生のとき、父に初めて本音を打ち明けた出来事について書きました。
今回は少し時間を遡って、大学3年生から公務員試験に合格するまでのことを書きたいと思います。
大学3年生 将来のことなんて、考えられなかった
大学3年になると、周りは一斉に就職活動を始めました。
「どんな会社を受けるの?」
「将来は何がしたいの?」
そんな会話が当たり前のように交わされる中、当時の僕は、自分の就職活動について真剣に考えることができませんでした。
理由は、第1章でも書いたように、それまで自分で人生を選んできた経験がほとんどなかったからです。
高校受験も大学受験も、「自分はどうしたいか」を考えて選んできたわけではありませんでした。自分で選択するという経験がほとんどなかった僕は、親が「こっちがいいんじゃないか」と示してくれた選択肢を見て、「それでいいや」と受け入れてきたのです。
さらに当時の僕は、自己嫌悪の真っ只中にいました。
「どうせ自分なんて。」
そんな思いが頭の中を支配していて、自分の将来について考えることすら苦痛でした。
だから就職活動は、自分の人生を選ぶ機会ではなく、「早く終わってほしいもの」になっていたのです。
父は昔から、「地元の市役所の公務員がええんじゃないか」とよく話していました。
自分で進路を選ぶという発想がなかった僕は、その言葉をそのまま受け入れ、「それでいいや」という気持ちで公務員を目指し始めました。
大学4年生 勉強していた。でも、合格を目指してはいなかった
大学4年生になると、公務員試験がいよいよ現実味を帯びてきました。
大学では、公務員試験対策として、予備校の先生が出前授業をしてくれており、友達と一緒に授業を受け、模試も受けていました。
しかし今振り返ると、その頃の僕は勉強の目的を履き違えていました。
目標は、公務員試験に合格することではありませんでした。
「友達より模試で良い点を取ること」
それがいつの間にか目的になっていたのです。
だから、筆記試験の勉強ばかりしていました。
一方で、面接対策や論文対策にはほとんど手を付けていませんでした。
というより、公務員試験にも面接試験があることすら理解していなかったのです。
大学4年生の5月。
公務員試験に面接があることをようやく知り、対策のために自己分析を始めようとしても、どうしてもできませんでした。
自分の長所を書こうとするたびに、
「そんなわけがない。」
と、自分で打ち消してしまう。
そして、自分の苦しみを父に打ち明けることになります。
このときの出来事については、第1章で書いたとおりです。
結果として、その年に受けた公務員試験はすべて不合格でした。
民間企業については一社も調べていませんでした。
公務員一本に絞るという戦略だったわけではありません。
そもそも、公務員以外の道を考えることができなかったのです。
こうして僕は、就職浪人をすることになりました。
浪人生活 初めて、自分で攻略法を考えた
大学4年生の5月、父に自分の苦しみを打ち明けたことで心が軽くなり、自己嫌悪に苦しむ時間も少しずつ減っていったことは前章で書いたとおりですが、それ以降、不思議なことに、それまで考えられなかったことを、自分の頭で考えられるようになっていたのです。
「どうすれば、公務員試験に合格できるんだろう。」
まず見直したのは、勉強方法でした。
予備校の教材だけでは少し物足りないと感じた僕は、自分で専門科目の教材を探し、「これなら実力がつきそうだ」と思えた参考書を購入しました。
さらに論文試験についても、自治体の施策を分かりやすく解説しているYouTubeを見漁り、その発信者が出版していた論文対策の本を購入して、何度も読み返しました。
昔の僕だったら、「予備校の教材だけやっておけばいい」と考えていたと思います。
でもこの頃は、
「もっと良い方法はないか。」
と、自分で情報を集め、自分で選択するようになっていました。
今思えば、「教材を選ぶ」という小さなことですら、以前の僕にはできなかったことでした。
誰かが用意してくれたものを受け入れるだけではなく、自分で考え、自分で選び、自分で試してみる。
そんな小さな選択の積み重ねが、少しずつ自分を変えていったのだと思います。
ボス戦(面接本番)に向けて、レベル上げをする
筆記試験だけでなく、面接対策にも本気で取り組みました。
予備校が実施している模擬面接だけでなく、ハローワークの模擬面接にも積極的に参加しました。
指摘されたことは、その場ですぐにメモを取り、家に帰ってブラッシュアップする。
そしてまた模擬面接を受ける。
その繰り返しでした。
面接試験前日。宿泊していたホテルのベッドの上でパソコンを開き、思いつく限りの想定質問と回答を書き出しました。
不安だから勉強していたわけではありません。
僕の感覚では、
ゲームでラスボスに挑む前に、少しでもレベルを上げている。
そんな感覚でした。
「もっと良い答え方はないか。」
「もっと伝わる話し方はないか。」
そう考えながら準備を重ねることは、まったく苦ではありませんでした。
むしろ、
「ここまで準備したんだから大丈夫。」
そう思えるくらい、自信を持って本番の面接に臨むことができました。
面接終了後は、「これで落ちたら仕方がない。人事を尽くして天命を待つのみ」と思えるほど、やりきった感覚がありました。
人生で初めて、自分の人生を選んだ
浪人生活で努力を重ねた結果、2年目に受けた公務員試験では、受験したすべての自治体に合格することができました。
そして最終的に選んだのは、父が勧めていた地元の自治体ではなく、自分が働きたいと思った都会の自治体でした。
地元へ就職すれば、おそらく実家から通っていたと思います。
社会人一年目。
慣れない環境の中で、家族の近くにいられる安心感はあったはずです。
それでも僕は、県外へ出ることを選びました。
慣れた環境に居続けるだけでは、人として成長できない気がしたからです。
「県外で生活してみたい。」
「新しい環境に飛び込んでみたい。」
「あとになって、『挑戦しておけばよかった』と後悔したくない。」
恋愛も含め、新しい出会いを経験してみたい。
そんな思いが、自分の中で少しずつ大きくなっていました。
そして、その思いを信じて挑戦した都会の自治体に合格することができました。
振り返ってみると、公務員試験に合格したこと以上に大きかったのは、
「自分で選んだ」
という経験でした。
それまでの僕は、誰かが用意してくれた選択肢を受け入れるだけでした。
でもこのとき初めて、自分で考え、自分で選び、その結果に責任を持つことができたのです。
公務員として働き始めてから、気づけば5年以上が経ちました。
多くの仕事を経験し、多くの人に支えられ、本当にたくさんのことを学ばせてもらいました。
一方で、生産性を感じられない仕事や、終わりの見えない残業が続いたとき、ふと考えることがありました。
「自分は、なんでこの仕事をしているんだろう。」
もちろん、公務員という仕事が悪いわけではありません。
ただ、この仕事は、もともと自分が心から選んだ職業ではありませんでした。
だからこそ、
「もっと自分が本当にやりたい仕事を選んでもいいんじゃないか。」
そう考えるようになったのです。
そして、その答えを探す中で、僕の人生を大きく変える出会いが待っていました。




