第3章 人生の選択肢が少しずつ広がった

第2章では、自分の頭で考え、自分で人生を選ぶという感覚を少しずつ身につけていきました。
しかし、その頃の僕はまだ「他にどんな人生を選べるのか」を知りませんでした。
選び方は分かっても、選択肢そのものを知らなかったのです。
就職浪人時代、新たな価値観に出会った
就職浪人時代の9月末、すべての受験が終わると、就職まで約半年の自由な時間ができました。
受験勉強から解放された僕は、それまで読むことのなかった本をジャンルを問わず読み漁ったり、YouTubeの学習系コンテンツを見たりするようになりました。
大学時代は自己嫌悪に苦しみ、「何かを学ぼう」という気持ちになれる余裕はほとんどありませんでした。
でも、第2章で書いたように、自分の心が少しずつ軽くなった状態で迎えたこの自由な半年間は違いました。
「今まで知らなかった世界を見てみたい。」
そんな知的好奇心が、自然と湧いてきたのです。
日々学ぶ中で、経済や働き方、お金に関するさまざまな考え方に触れました。
特に印象に残っているのが、勝間和代さんの
「短時間労働を実現するためには、成果報酬型への移行が必要」
という考え方です。
「そんな選択肢もあるのか。」
と世界が少し広がる感覚があるのと同時に、
「このまま公務員として働き続けることが、本当に自分にとって最善なんだろうか。」
と疑問を抱くようになりました。
とはいえ、その頃はまだ「そんな働き方もあるんだ」と思う程度で、実際に行動しようという思いには至りませんでした。
知識は増えていましたが、それはまだ「自分ごと」ではなかったのです。
彼女が教えてくれた「人生の選び方」
社会人2年目の2月、僕は現在の妻と出会いました。
彼女も大学進学を機に地元を離れ、一人暮らしをしていましたが、僕とは大きく違う点がいくつもありました。
大学時代から家賃は自分で払い、アルバイトで生活費をやりくりしてきたこと。
そして、僕と出会うまでに一度転職を経験していたことです。
毎月どれだけ稼ぎ、その中から家賃や生活費、貯金にいくら回すのか。
そんなことを当たり前のように考えて生活している姿に、僕は純粋に「すごいな」と思いました。
僕も家計簿はつけていましたが、それはただ記録しているだけでした。
将来を見据えてお金を管理するという発想は、ほとんどありませんでした。
ちなみに、その頃の僕の口座残高は3桁。
もちろん3桁万円ではありません。本当に3桁です。
今では笑い話ですが、それくらいお金に無頓着だったのです。
さらに付き合って半年ほど経った頃、彼女は「キャリアアップのため転職したい」と考え、新しい会社へ転職しました。
当時の僕にとって、それも衝撃でした。
僕の中では、一度就職したら、その会社で長く働き続けるもの。
ましてや公務員である自分は、「定年まで勤めるのが当たり前」という考えを、どこかで持っていました。
でも彼女は、「今の環境でキャリアアップができないなら、環境を変えれば良い」と、ごく自然に行動していました。
その姿を見て、「働く場所は一つじゃない」ということを、少しずつ実感するようになったのです。
その頃、彼女から「もう20代も中盤だから、将来のことを真剣に考えたい」と切り出されました。
子どもは欲しいか。
持ち家と賃貸ならどちらがいいか。
どんな人生を送りたいのか。
そして、一緒に暮らして本当に価値観が合うかを確かめるために、同棲してみたいという話でした。
(彼女は見た目も口調もゆるふわ系なので、全然詰められた感じではありません(笑))
今思えば、ごく自然な話です。
でも当時の僕にとっては、大きな衝撃でした。
それまで将来のことをここまで真剣に考えたことがなかったからです。
「あ、自分はもう一人の大人なんだ。」
「自分だけでなく、大切な人の人生についても真剣に考える年齢なんだ。」
そんなことを初めて実感し、一段大人になったような感覚を今でも覚えています。
今振り返ると、あの時勇気を出して将来の話を切り出してくれた彼女には、本当に感謝しています。
もしあの時、お互いに将来のことを避けたまま付き合い続けていたら、価値観の違いに後から気づき、そのまま別れていた可能性もあったかもしれません。
あの話し合いは、僕たちにとって「結婚するかどうか」を決めるためではなく、「同じ人生を歩んでいける相手なのか」を確かめるための大切な時間だったのだと思います。
10月からは、彼女の家を残したまま、僕の27㎡ほどの部屋で半同棲を始めました。
狭い部屋でしたが、不思議なくらいストレスはありませんでした。
部屋の使い方や生活リズム、価値観が驚くほど似ていて、「この人となら一緒に暮らしていけそうだ」と自然に思えたのです。
翌年1月には本格的に同棲を始め、付き合って1年の記念日に婚約。
さらにその1年後、付き合って2年の記念日に入籍しました。
知識が、初めて「自分ごと」になった
入籍する前後の頃には、僕の影響で妻もリベラルアーツ大学のYouTubeを見るようになりました。
部屋では二人で学長ライブを流しながら、お金や働き方について学ぶ日々。
やがて二人ともリベシティに入会し、まずは固定費の見直しや家計管理など、「貯める力」を身につけるところから始めました。
そして2025年8月、お金の勉強フェスに二人で参加しました。
そこでは、元公務員として働いていた方が独立し、自分らしい働き方を実現しながら、会社員時代とは比べものにならないほど稼いでいるという話をたくさん聞きました。
それまでYouTubeの画面越しに見ていた世界が、目の前にありました。
「こんな働き方は、本当に実在するんだ。」
「特別な才能を持った人だけの話じゃないんだ。」
そんなことを初めて実感し、「自分もそちら側へ行ってみたい」と心から思いました。
YouTubeで知識として知っていたことが、この日初めて「自分にも挑戦できるかもしれない」という現実味を帯びたのです。
妻も、お金の勉強フェスから大きな影響を受けました。
「毎日の満員電車に乗る働き方は、自分には合わない。」
「キャリアアドバイザーとしての経験を活かして、パソコン一つで働ける仕事がしたい。」
そう考えるようになり、わずか3か月後には会社を退職。
現在はフルリモート・フルフレックスで人事関係の仕事をしています。
一方の僕は、その年の秋から本業が非常に忙しくなり、リベシティでの活動も一度ストップしてしまいました。
しかし翌年4月、人事異動で残業が落ち着いたことをきっかけに、FP3級の取得、転職活動、副業など、再び動き始めました。
自分で人生を選べるようになった
どれか一つだけで人生が変わったわけではありません。
就職浪人時代に出会った本やYouTube。
彼女との出会い。
リベシティとの出会い。
一つひとつの出会いや学びが少しずつ積み重なり、ようやく僕は「自分の人生は、自分で選んでいいんだ」と心から思えるようになりました。
昔の僕は、自分で人生を選んでいる感覚がありませんでした。
「自分はどうしたいのか」が分からず、自分で進む道を決められなかった僕は、親が示してくれた道を、そのまま歩いてきただけでした。
でも今は違います。
転職を目指すことも、副業に挑戦することも、このブログを書くことも、すべて自分の意思で選んだ道です。
もちろん、この先も思いどおりにいかないことはたくさんあると思います。
それでも、自分で選んだ道なら、きっと後悔は少ない。
今はそんなふうに思えるようになりました。
このブログでは、そんな僕自身の試行錯誤や実体験を、ありのままに記録していこうと思います。
もし今、「自分で人生を選べている感覚がない」「このままの人生で本当にいいのだろうか」と悩んでいる人がいたら、このブログを通して、「自分にもできるかもしれない」と思ってもらえたら嬉しいです。
僕も特別な人間ではありません。
だからこそ、このブログが、あなたが自分の人生を選び始めるきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。


