「自分の強みを売り込まなアカンから、自己分析しっかりやるんやで〜」

大学4年生、公務員試験の面接対策で、講師からそう言われました。

その言葉を聞いた瞬間、胸が苦しくなりました。

そして、いざ紙に書き出そうとすると、僕の手は止まりました。

自分の強み。

頑張ってきたこと。

長所や短所。

何を書けばいいのかわからなかったわけではありません。

でも、書こうとするたびに、

「自分に良いところなんてない。アピールすることなんて到底できない」

という気持ちが湧いてきて、苦しくて仕方がありませんでした。

今思えば、あの頃の僕は強い自己嫌悪の中で生きていました。

ただ、その自己嫌悪には理由がありました。

自分で決められなかった子どもの頃

僕は子どもの頃から、自分で何かを決めることが苦手でした。

子どもの頃は、進路や習い事なども自分で考えるより、親が決めることの方が多い環境でした。

英語教室、書道、水泳、陸上。

振り返ると、「自分でやりたい」と言って始めたものは一つもありません。

そして何より、家ではこんな言葉をよく言われていました。

「それはダメ」

「言うこと聞きなさい」

「誰がそんなことやれと言ったの」

そんな言葉を聞くたびに、

「これはやっても大丈夫だろうか」

「怒られないだろうか」

と考えることが当たり前になっていきました。

気づけば、「自分は何がしたいのか」を考える習慣そのものが育たないまま大人になっていたのです。

自由になれなかった大学生活

大学生になり、一人暮らしを始めました。

「これで自由になれる」

そう思っていました。

しかし、現実は違いました。

夜、ベッドの上でInstagramを眺める。

サークルのみんなで旅行。

テーマパーク。

恋人とのツーショット。

みんなが楽しそうに笑っている。

「いいな。自分もこんな大学生活を送りたいな」

そう思いながらスマホを閉じる。

それなのに、自分から誰かを誘うことも、新しい環境へ飛び込むこともできませんでした。

サークルにもなかなか馴染めず、女性と話す機会もほとんどなく、恋愛らしい恋愛もできませんでした。

何をすればいいのかわからない。

どう動けばいいのかわからない。

誰かに止められているわけではありません。

体は自由になっても、心はまだ自由ではなかったのです。

膨らんでいった親への怒り

そんな大学生活を送る中で、親への怒りや、自分を責める気持ちはさらに大きくなっていきました。

親と離れて暮らしているからこそ、新しい思い出で昔のイメージが更新されることはありません。

頭の中では、理不尽に怒られた出来事や、当時は言い返せなかった言葉ばかりが何度も蘇ります。

「あの時、ああ言えばよかった」

そんなことばかり考えていました。

そして、一番つらかったのはお酒でした。

僕はお酒がとても弱く、飲み会が苦痛でした。

周りが楽しそうに盛り上がっている中、一人だけ苦しくなる。

そのたびに、

「こんな体質に産んだ親が悪い」

と、本気で思っていました。

今振り返れば極端な考えだったと思います。

それくらい、当時は親への怒りが心の中を支配していたのです。

そんな中、母からは毎日のようにLINEが届きます。

「今何してるの〜?」

「今日は何食べたの?」

他愛もない内容です。

けれど当時の僕には、その何気ないメッセージが苦しくてたまりませんでした。

「自分がこんなに苦しんでいることを、この人は何も知らない」

「きっと、この人は、僕が大学生活を楽しんでいるくらいに思っているんだろう」

そんな思いが頭をよぎるたびに、心の中のモヤモヤはさらに大きくなっていきました。

抱えてきた思いを、父に話した日

そして大学4年生。

面接対策のために自己分析をしようとしても、どうしてもできませんでした。

自分の長所を書こうとするたびに、

「そんなわけがない」

と自分で打ち消してしまう。

「このままでは面接が受けられない」

そう思った僕は、下宿先から実家へ帰りました。

目的は一つ。

自分がずっと抱えてきた思いを、親に伝えることでした。

母に話す勇気はまだありませんでした。

だから父と二人になったとき、今まで心の奥に押し込めてきた気持ちをすべて話しました。

「両親は、僕が楽しい大学生活を送っていると思っているかもしれない。

でも実際は違う。

昔のことがずっと心に引っかかっていて、自己分析すらできないくらい自己嫌悪が強い。

だから、この気持ちを伝えに帰ってきた」

そこまで話したところで、涙があふれてきました。

「大学生活を楽しめなかった」

その言葉を口にした瞬間、嗚咽が止まらなくなりました。

途中からは、自分でも何を話しているのかわからないくらい泣いていました。

それまで何年も心の奥に閉じ込めていた感情が、堰を切ったように溢れ出していました。

自分の抱えていた苦しさを正直に打ち明けたことで、長年心の中に溜まり続けていた毒が、少しずつ浄化されていくような感覚でした。

心が軽くなった翌朝

翌朝、目が覚めたとき、不思議なくらい心が軽くなっていました。

頭の中をぐるぐる回っていたモヤモヤが少しだけ静かになり、それまで毎日のように襲ってきた自己嫌悪も、少しずつ顔を出す回数が減っていった感覚を今でも覚えています。

人生が劇的に変わったわけではありません。

でも、あの日、初めて自分の苦しさを自分で認めることができました。

そして、その苦しみを誰かに伝えることができました。

今振り返ると、親に話したこと以上に、「自分は苦しかった」と認められたことが、僕にとって一番大きな出来事だったのだと思います。

母には、今も当時の苦しみを直接伝えてはいません。

ただ後日、父から、母も「昔は可哀想なことをした」と反省していたと聞きました。

直接ではなくても、父を通して伝わったものは、確かにあったのだと思います。

小さな「自分で選ぶ」の積み重ね

それから少しずつ、大学生活が変わっていきました。

朝から夜までアルバイトをした日。

友達と徹夜で麻雀をした夜。

大学生活で初めて友達と旅行へ行ったこと。

原付であてもなく近所を走った休日。

ブックオフで古本を探しながら、時間を忘れて店内を歩き回ったこと。

どれも特別な出来事ではありません。

ただ、当時の僕にとっては、自分で「やってみたい」と思ったことを選ぶ、小さな挑戦でした。

人生は、大きな決断だけで変わるものではありません。

「今日は何をしよう」

「どこへ行こう」

「この本を読んでみよう」

そんな小さな「自分で選ぶ」の積み重ねが、少しずつ僕の人生を変えてくれました。

「人生を選ぶための攻略本」を始めます

このブログのタイトルは、「人生を選ぶための攻略本」です。

昔の僕は、「自分で人生を選ぶ」ということができませんでした。

そんな僕も今は、自分で考え、自分で選ぶことを少しずつ楽しめるようになりました。

もちろん、まだ迷うこともたくさんあります。

それでも、あの日、自分の苦しさと向き合ったことが、僕にとって「人生を選び始める最初の一歩」だったのだと思います。

人生を選ぶことは、大きな決断をすることではありません。

まずは、自分の気持ちを認めること。

このブログでは、読書や仕事、趣味、そして僕自身の実体験を通して、「自分で人生を選ぶヒント」を発信していきます。

もし昔の僕と同じように、「自分が何をしたいのかわからない」と悩んでいる人がいるなら、このブログが、その人にとって小さな一歩を踏み出すきっかけになれば嬉しいです。

ABOUT ME
ちょす
20代後半男性、現役地方公務員。家族は妻。過去の体験や、読書・AI・趣味・仕事の経験を通して、「自分で人生を選ぶ力」を育てるヒントを発信しています。